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柔道


柔道の歴史と現在

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技のデモンストレーション(財団法人講道館)

 オリンピック競技として世界に広まっている柔道は日本で生まれた武道です。柔道は1882年、従来の格闘技そのものだった柔術に精神修養の要素を加え確立しました。柔術のルーツは相撲です。相撲の歴史は古く、神話時代から持統天皇の治世(686〜697)までを記述した日本最古の史書である「日本書紀」(720年完成)にすでに登場しています。


 12世紀にサムライが国を治める鎌倉時代が訪れ、17〜19世紀の江戸時代まで、戦いのエキスパートであるサムライの統治が続きます。これは今日の柔道にとって幸運なことでした。刀、弓の手法と同時に、戦場で相手と接近して組んで戦う「組み討ち」を想定した柔術が発展したからです。江戸時代までにいくつかの流派が生まれ、武士の鍛練法の一つとして広がりました。


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嘉納治五郎(財団法人講道館)

 1868年、サムライの統治は終わり明治維新を迎え、日本人の生活に欧米の文化が取り入れられるようになりました。古くからの柔術は衰退しつつありましたが、ある若者の情熱が消え行こうとしていた柔術を救います。柔道の創始者として知られる嘉納治五郎です。嘉納は勉強の成績は抜群でしたが体は小さく、コンプレックスを抱いていました。17歳のころ、柔術の天神真楊流師範の福田八之助に弟子入りします。強くなりたい一心でした。そして、1882年5月、各流派のすぐれた点を集めて現在の柔道の形に一本化します。弱冠21歳でした。これが現在の柔道の始まりです。門下生はわずか9人、お寺の庭に構えた道場はたった12畳(1畳は約1.5平方メートル)でした。


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創設当初の講道館(財団法人講道館)

 柔道の普及のため、嘉納は1889年に初めてヨーロッパへ渡りました。船の中で、からかってきた外国人を投げ飛ばし、その際に相手のけがを防ぐため、頭の下に手を差し入れて落下を助けたエピソードは有名です。柔道が技の合理性に加え、相手を思いやる精神性も兼ね備えていると評判になりました。嘉納は国際オリンピック委員会の委員を務めるなど常に世界に目を向け、柔道の国際化を目指しました。


 嘉納の夢だった「柔道の国際化」が名実ともに実現したのが1964年の東京オリンピックです。男子のみが正式種目として採用され、重量階級別で実施されました。無差別級では優勝をのがしましたが、ここで日本人以外の王者が誕生し、柔道が競技スポーツとして世界に広がるきっかけとなりました。女子の試合も、1988年ソウル・オリンピックで公開競技として実施され、1992年バルセロナ・オリンピックから正式種目になりました。


 現在、国際柔道連盟の加盟国は184カ国・地域に上っています。特に欧州では人気が高く、フランスの競技人口は日本をはるかにしのぎます。また、日本ではアフリカやオセアニアなど柔道がそれほど盛んでない地域に指導者を派遣したり、リサイクル柔道衣を贈ったりして、競技の普及と発展につとめています。