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外出先または屋外での食事に関して、古くは、だいたい5世紀頃から、猟、戦争、農作業などのとき作業の途中で食事をとれるよう家から干飯(ほしいい)(干飯は、米を蒸して乾燥した保存食で、湯や水にひたし、あるいはそのまま食べました)や握り飯を持っていった、という記録が残っています。
例えば、日本最古の歴史書『日本書紀』には、5世紀、鷹狩りの際、携帯用のえさ袋を弁当入れに代用したと書かれています。また、10世紀ごろの歌物語『伊勢物語』では、旅の途中で、干飯を食べるシーンが描かれています。
「弁当」という言葉の始まりについてよく言われるのは、16世紀に活躍した武将、織田信長の話です。信長は自分の城で大勢の人に食事を与えました。そのとき、一人一人に配る簡単な食事という意味で「弁当」と名づけられたといいます。
農・山・漁村や町の人々が屋外で働くとき、食事時に家へ帰れないことも多く、食物を持ち歩きました。内容は米飯、粟飯、ひえ飯、芋などが中心になっていますが、地域ごとの食生活に応じて一様ではありません。
江戸時代(1603-1868)、町においては野山へ遊びに出かけたり、芝居に行くときなどに弁当は欠かせず、そのなかでさまざまな工夫を凝らした幕の内弁当が発達しました。「幕の内」とは、芝居などの幕間に食べることから呼ばれたのがはじめとされます。
明治時代(1868-1912)になり、鉄道の駅で売るお弁当「駅弁」が登場しました。駅弁第一号は、1885年に栃木県宇都宮駅で売られた、梅干し入り握り飯といわれます。